国立西洋美術館 酒井敦子さまより講義をいただきました。以下その内容を要約して掲載させていただきます。
本日は、暑い中、研修お疲れ様です。研修の場として当館を選んでいただき、また本日お越しいただき、ありがとうございます。
本日の研修では「対話による鑑賞」を経験し、皆さんで実際にやってみるということをお聞きしていますので、今日は美術館側の立場で対話によるギャラリートークについて、お話ししたいと思います。
対話型鑑賞は、1990年代にVisual Thinking Strategies(VTS)が日本に紹介されたことに端を発し、日本の美術館でも広く行われるようになりました。日本の美術館教育の潮流を概観しながら、美術館において対話型鑑賞がどのように受け入れられ、展開されてきたかを見ていきたいと思います。
1970年代から80年代にかけて、美術館の建設ブームに伴い、講堂や実技室など教育活動に使われる空間を有した美術館も多く建設され、その中で教育普及活動に可能性を見出し、積極的に関わる学芸員が現れました。様々な試みの中には、後に「ワークショップ」と呼ばれる活動も含まれます。80年代にその呼称が使われ始め、その内容も言語化されていきます。今ではワークショップという言葉は、教育、ビジネスの現場でも用いられ、説明が一方的な講義と対比して、参加者が主体的に参加する学びの場、その手法の呼称として定着していますが、美術館においては実技講座だけでなく、展示作品理解への様々なアプローチを含むもの、美術そのものの本質を問うもの、美術を通じて参加者自身の日常生活に新たな視点で向き合う活動など、様々な試みがなされています。対話型鑑賞もワークショップの一つだと言う博物館教育研究者もいます。
1990年代になってニューヨーク近代美術館で開発されたVTSが紹介されます。1990年代~2000年代にかけては、学習指導要領にも美術館の活用、連携が明記され学校教育との連携が促進する中、鑑賞教育の研究も盛んにおこなわれるようになりました。国立西洋美術館においても2008年から東京都中学校美術館教育研究会との研修が始まり、国立美術館の「美術館を活用した鑑賞教育の充実のための指導者研修」のような全国規模の研修も2006年からほぼ毎年実施されています。
さて、そもそもVTSというのはどういったものなのでしょう。
- 教師は「ファシリテーター」として、「作品をよく見る」、「観察した物事について発言する」、「意見の根拠を示す」、「他の人の意見をよく聴いて考える」、「話し合い、さまざまな解釈の可能性について考える」ことを促す。
- これらを達成するための3つの問い:「この作品の中で、どんな出来事が起きているでしょうか?」「作品のどこからそう思いましたか?」「もっと発見はありますか?」
- 発言の受け取り:的確な言いかえ(パラフレーズ)、発言同士をつなげる(リンク)、情報を与えることも発言を訂正することもしない。
フィリップ・ヤノウィン(京都造形芸術大学アート・コミュニケーション研究センター訳)『どこからそう思う?学力を伸ばす美術鑑賞 ヴィジュアル・シンキング・ストラテジーズ』淡交社、2015年
現在、MoMAのホームページではVTSではない形での授業の提案の動画が掲載されています。動画「作品を使った授業のための5つのコツ」(5 Tips for Teaching with Works of
Art)では以下のことが提案されています。
- はい、いいえでは答えられない開かれた質問(Open-ended questions)をすること
- 情報は生徒の反応を見ながら小出しにすること(Layer Information)
- 書くこと、描くこと、もしくはポーズをとるなどの身体性を伴う活動を取り入れること(Incorporate Activities)
- 生徒の個人的な経験、情報などと、作品との間に関連性をもたせること(Make Connections)
- 振り返り(Reflect)
https://www.youtube.com/watch?v=ONPYKR8jNn8&list=PLfYVzk0sNiGHwRmCRKWxEsXTJ4quPQeN9&index=7 (2023年6月28日取得)
対話を介して、参加者を主体的に作品に向かわせ、自身の目で観察し、それらを根拠に解釈し、他者の意見に触れることで自身の考えを再検討および深化させると言う目的は共有されますが、そのアプローチは様々です。How toに固執するのではなく、その目的を見失わないことが大切なのではないでしょうか。
国立西洋美術館でも、学校団体に向けてVTSを参考に、参加する子どもたちの自主性を尊重し、作品をじっくり見ることを手助けするギャラリートーク「スクール・ギャラリートーク」を行っています。その他「ファミリープログラム どようびじゅつ」、「版画熟覧プログラム」、「視覚に障害のある方のためのギャラリートーク」、「手話通訳付きギャラリートーク」など様々なプログラムで対話型鑑賞を部分的に取り入れています。
2010年代以降、特に後半は、オリンピック・パラリンピック準備期間でもあり障害者差別解消法が施行されるなど、社会包摂の概念が以前に増して強く認識されるようになったといえます。2017年に制定された文化芸術基本法にも「国民がその年齢、障害の有無、経済的な状況又は居住する地域にかかわらず等しく、文化芸術を鑑賞し、これに参加し、又はこれを創造することができるような環境の整備が図られなければならない」と謳われています。対話による鑑賞においては、言語力、思考力が養われると言われていますが、同時に他者の意見を「聴く」ことで、共感力や他者を寛容する力が培われることも期待されています。お互いの違いを尊重し共生していく社会を目指す中で、必要な力と言えるのではないでしょうか。