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実践事例 H21.1.29

学校美術館の創造

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天井、トイレ、階段、壁面、学校の隅々まであらゆる空間に生徒作品のギャラリーを!
全生徒作品の展示で一人一人の学習力向上生徒の居場所づくりでふれあいの絆深める学校美術館は教育環境を一変させます。
今こそ学校を美術館に!

葛飾区立小松中学校の実践

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現・大田区立馬込東中学校長  平内 利光

(1)教室のサインづくり
(2)正面玄関ホール
(3)生徒用玄関ホール
(4)階段タイルアート
(5)階段ギャラリー
(6)壁面ギャラリー
(7)トイレギャラリー
(8)天井画

はじめに

  25年くらい前のことですが、オランダのある小学校を訪れ、学校内を見学したことがあります。所狭しと言わんばかりの草木や花でいつぱいの植物園のような部屋に案内され、『エー!』と驚いた事を思い出します。『ここは植物でいっぱいですが温室ですか』と尋ね、『理科の教室です』と案内の先生の答えが返ってきました。黒板も机も椅子もないこの部屋が理科室とは...『子どもたち一人一人が育てている植物がここにあります。隣の教室も理科室です。学年ごとに育てている植物は違いますが、すべての植物がすべての子どもたちの教材でもあります。卒業したら家に持って帰る子どももいますし、しばらくここに置いて水やりに来る子どももいます。この部屋はいつでも子どもたちに開放しています。子どもたちは植物の成長を楽しみにしているのです』...。
このような取り組みが美術という教科でもできないだろうか。教室の中だけにとどまらず学校全体に広がる「学校美術館」というものができないだろうか・・・・。できる!!学校美術館という形で!教室の中だけにとどまらず学校全体に広がる「学校美術館」を創ろう・・・ということで学校美術館の実現に向け取り組みが始まりました。
 「学校美術館」は、その学校に通う卒業制作や在籍する生徒全員の作品を常設展示する美術館のことです。この常設展示の「学校美術館」に深い意味があります。学校では誰もが気軽に作品に対面できる雰囲気。そんな環境や空間があれば心が和み、気持ちに余裕が生まれます。階段を登る時も、降りる時も、廊下を歩いている時も周りに友だちの作品があり、自分の作品もある。自分の居場所が学校の至る所にあることで、認められ、満たされ、癒される。殺風景な人を寄せ付けない場所ではそれはない。生徒にとって、教職員にとって、来校者にとって、明るく安心出来る学校。毎日来てみたいと言われるような学校環境にすることが大事です。そうした環境を美術科教諭をはじめ、教職員と生徒の努力によって、平成11年〜平成20年(10年間・・・11年度より15年度の5年間在職後、後任の校長が16年度〜20年度の5年間学校美術館を引き継いでくれました。)に至り、「学校美術館」として整ってきました。
その第二の生徒の存在感や居場所がある「学校美術館」は教室のサインづくりから始まりました。

(1)教室のサインづくり (写真資料、アイデアスケッチ資料参照)

 「プラスチックの校内表示より、木のぬくもりのプレートがいい!」との、生徒の声に推され、美術科の先生の指導で、40箇所以上の校内表示を、選択授業時および学校環境美化ボランティア部を中心に生徒の手によって制作されました。校内の教職員の評判もよく、生徒達の喜びが一層増したように感じます。取り付け金具と鎖、木ねじは学校予算で購入した物ですが、輪切りに切った木材は製材所で分けてもらった物と聞いています。また、「教室のサイン」を支える枝は、校庭の周りにある木を剪定する際、切り落とされた枝を乾燥させた物です。廃材を活用した「教室のサイン」は、今では学校の特色の一つとなっています。教室のサインは小学校ではよく見かけますが、中学校ではプラスティックの市販されたプレートを付けているものがほとんどです。本校では教室サインの他に玄関では「ようこそ小松中学校へ」の歓迎のサイン、「おはよう」「さようなら」の挨拶のサイン、階段を上がった各階の廊下に各教室を案内する「木彫案内板」が設置されています。

 

生徒のアイデアスケッチ

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全室に手作り表示板設置↓
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全教室のサインが設置された後は玄関ホールに校内案内板や木彫鏡、歓迎の表示等飾られました。

(2)正面玄関ホール(写真資料参照)

  玄関と言えば下足置き場⇒「ホール」や「エントランス」という発想にすると、どんなイメージが思い浮かぶでしょうか。ベンチやソファーがある。人が必要に応じ集う空間。語り合える・ふれあいがある空間。待合い場所。コンサートホール・・・。
学校ではどんな場所になり得るでしょうか。⇒下足置き場、部活動終始の集合、学級・学年集会の場所。ベンチの設置で休憩・待ち合わせ・雨の日のくつろぎの場所。PTAあいさつ運動等の集合場所、学校便り・生徒会便り・PTA便り等の掲示板設置場所、金魚水槽等の設置空間・卒業制作等の展示空間・・・。
初めて本校に来たとき正面玄関が暗いと感じました。玄関の両側と真ん中に下駄箱があり狭く、息苦しく感じ、教職員の下駄箱を移動し、真ん中にあった下駄箱を移動し部活用下駄箱として再利用してもらいました。玄関が広々としたホールになり、片側には6bのベンチを配置し、ホールの中でくつろげる雰囲気にしました。何年も前から飾られていた卒業制作は他の場所に移し、これから卒業する生徒の卒業制作を展示する空間としました。

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卒業制作(板の壁画 「ブナの森」)に励む生徒達
 
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完成作品

(3)生徒用玄関ホール (写真資料参照)

 北側の生徒用玄関も下駄箱は真ん中にありました。すのこ等が無いため汚れた土や砂を廊下・教室に運び、校内が汚れる原因となっていました。土足で室内に入るようなものです。また、玄関をはさんで左右に館が分かれ各廊下に段差があり、給食運搬のワゴンは段差に架けられているスロープを上がり降りしなくてはならず、そのスロープが急なため事故が心配でした。一年目は、橋渡しする廊下とすのこの設置によって課題の解決を図りました。さらに、防火扉の降りる位置がその段差の中央に降りるように設計され、非常時には防火扉の役目を果たさないことが分かりました。二年目には正面玄関同様、両側に下駄箱を移し、真ん中を開け空間をつくりました。すのこで廊下をつくったものの、コンクリートのたたきの空間は思ったより広く、上履きに履き替えてもまだまだ外の土を校内に持っていく状態でした。一年目は左右の廊下の段差まで上げ、すのこの廊下をフラットにつなげてみました。その状態を色彩研究家の葛西紀巳子さんに助言をいただき、二年目は玄関間際までそれぞれの段差がない廊下の高さにフローリングしました。校舎の耐震工事で一時、フローリングが中断しましたが、耐震工事終了後、玄関ぎりぎりまでフローリングを広げ、生徒用玄関ホールが完成しました。完成後は、以前のように土を校内に持っていくことなく、掃除もやりやすくなりました。生徒用玄関は全面フローリングすることにより以前のコンクリートの冷たさが消え、明るく清潔な雰囲気に変わりました。また、部活動や学級・学年で集会などできる空間に生まれかわりました。

フローリング前 art

フローリング後 artart

(4)階段タイルアート (写真資料参照)

 平成12年度卒業制作として、プール側階段に「階段タイルアート」を加えただけで周りの雰囲気が一変しました。
本校の階段タイルアートは美術科教諭の指導のもと、一階から四階までの階段壁面に、太陽、月などの星をテーマに、生徒が手がけた各自のタイルをつなぎ合わせ共同制作としたものです。階段を上がるたびにタイルの絵が変化し、学校の階段ギャラリーの雰囲気と一体感を生み、来客者にも好評です。
平成15年度の卒業制作としてJR側の階段にも「階段タイルアート」を制作しました。一階から四階まで各クラス共同制作で取り組んできた幾何学のデザインが中心になりました。

タイルアートの原画と焼き上がったタイルこのタイルが階段を飾る
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階段タイルアート   制作場面
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完成した階段タイルアート
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(5)階段ギャラリー(写真資料参照)

 階段といえば壁だけで何もない。踊り場でポスター等の展示がある⇒廊下壁面や階段壁面をギャラリーと考えるとどんな環境になるのか。⇒学校美術館という考えはどうか。階段の壁面に掲示板を取り付け、生徒作品を展示する。それも全生徒作品の展示が可能な空間として。2〜3ヶ月毎に作品を取り替える。美術の作品・国語の授業で書いた詩・家庭科の作品・「総合的な学習の時間」で作成した学習成果の発表・各行事や委員会の展示発表。階段ギャラリーの生徒作品展示は保護者がいつ来校しても生徒の学習の状況がわかるよう常時展示。階段ギャラリーは全生徒の作品が展示できるよう階段掲示板を全階段に設置している。文化祭等1日や2日のための展示はやめる。文化祭で展示する無駄な時間を他のことに有効に使う。つまり、先生方の空き時間を活用して日常的に作品を展示する。普段の授業等で行う日常の学習展示として定着させることが大事です。作品展示を学校全体で取り組んでいるので生徒や先生の指導がわかり、作品を通してふれあいが生まれるという空間となりました。

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(6)壁面ギャラリー(写真資料参照)

 本校の窓側の壁面には木彫と七宝焼きを組み合わせたレリーフが柱ごとに飾られています。廊下の掲示スペースはクラスの展示物でいっぱいです。「総合的な学習の時間」を使って小松中ペインターズが掲示板を作成し、グリーンのペイントを塗ってくれました。そのスペースを使って家庭科や美術の作品、書写や調べ学習の展示が掲示されます。三学年の「総合的な学習の時間」は地域や学校に貢献するボランティアを行っていますが、学校へのボランティアではこれまでに校庭の水飲み場のペイント、学校の外壁全部を塗ってくれました。校舎の耐震工事後にできた出窓コーナーには、事務・用務主事さん達が、季節が変わるたびに年中行事の飾りを展示してくれます。こうした主事さんや生徒達の献身的な取り組みは学校を明るい雰囲気にしてくれます。

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季節の行事ごとに学校の主事さん達が廊下の出窓に飾ってくれます。

小松ペインターズの活躍で左のベニヤの掲示板も立派にペイントされた。
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作品を飾るスペースを広げるため「小松ペインターズ」が掲示板づくり
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(7)トイレギャラリー トイレで名画を鑑賞 (写真資料参照)

 美術科の先生は「くさい、きたない、暗い」の3Kイメージのトイレをなんとかしようと、雑誌記事から得たヒントを手掛かりに、各階のトイレに画家の作品を展示しました。2002年(平成14年)にトイレの改修工事が行われ、今までの3Kのイメージは払拭されました。トイレ内にベンチを設置し、くつろげる雰囲気にしました。改修し、ギラリーとなったトイレは生徒・保護者から喜ばれています。

一階にはピカソ、ロートレツク (各5点展示)
二階にはゴツホ、ピカソ     (各5点展示)
三階にはルノアール、マティス (各5点展示)
四階にはモネ、セザンヌ     (各5点展示)

学年が変わる毎に使用するトイレが変わります。3年間で4人の画家の絵を鑑賞することになります。男女のトイレを合わせれば8人の画家の絵が鑑賞できます。(絵は生徒が描いた模写や複製画等を美術部生徒等が展示しました。)
トイレ内外に余裕の空間があればベンチや小物置き台を設置し、絵や写真を掲示するなど生徒のコミュニティーの場としました。トイレ入り口の扉をなくし絵や写真・花等で飾りました。小便器の前面壁上に棚を設けるなど工夫することで物を置く台となりました。ドライ方式のトイレはホースで水をまいたりしないので清潔です。本校のトイレは学校と区の営繕課がそれぞれ図面をおこし、両者の案を合体した形で採用改修されました。トイレの内壁、天井、床の色、便器の色、材質や材料などこれまでの区の独善で行われた工事に、学校の教職員や生徒会がかかわる工事に変えることが出来ました。これも日本トイレ協会主催の「学校トイレフォーラム」に2年続けて研修できたことが功を奏したように思います。

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↑(絵の他にベンチや飾りもののあるトイレ)↓

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(8)天井画  玄関ホールの天井に「空」、生徒玄関天井に「樹」(写真資料参照)

 玄関ホールには卒業生の鳩の作品が飾られたが、その鳩が飛び立つ「空」がない。また、生徒玄関には木のぬくもりで覆われた生徒作品が飾られているが肝心の「樹」がない。ということで、天井画の制作を色彩研究科の葛西紀巳子さんと東京家政大学造形表現科の学生の皆さんらの協力を得て本校の生徒が制作し、完成させたものである。

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 以上、本校の「学校美術館」づくりの取り組みを概観してきたが、展示作品の飾り方について注意してきたことを参考に述べてみます。
まず、第一に気を付けたことは、展示作品を建築空間と調和させることです。玄関は学校の顔であり、生徒や教職員、そして保護者や来校者が最初に立ち寄り、通る場所です。ゆったりとした気持ちになるよう広い空間の中に生徒の共同作品を配置しました。本校ではベンチを設置し、荷物を置いて座って鑑賞できるような雰囲気にしました。次に、階段というと昇り下りに使うだけで絵を飾ったり、階段そのものにアートするなど一般的にはどうかなと感じるところです。展示空間が足りないので階段にも飾るという付随したものにとられがちですが、そこを逆手にとり、立派な掲示板を取り付けその上に丁寧に作品を展示することによって階段全体に潤いが生まれました。さらに、階段を昇るたびに階段アートで癒され、心を切り替える空間としました。廊下にある作品や掲示物については、よほど関心がないかぎり立ち止まって見ることはありません。したがって、重厚な作品よりも明るい作品や季節によって変化する年中行事等を飾るなど、遊び心で展示する工夫も必要です。トイレは場所によって学年や学級で使用することが多く、本校ではトイレに特定の画家の作品を数点展示しました。トイレギャラリーと命名し、展示された画家の名前を3年間で8人以上自然に覚えるように工夫しました。展示作品の高さは出来るだけ目の位置に来るよう調整しました。小物や壊れやすい物は展示ケースに入れます。絵には額縁、版画にはマットを付けるなど、時間を惜しまず作品を大切に扱う気持ちが、展示教育には大切です。以前、荒れた学校で作品を額縁に入れて展示したところ、その作品にいたずらする生徒は皆無でした。最後に、作品展示は生徒と共に協力して行うことが「学校美術館」づくりに欠かせないことです。さらに教職員やPTA等を含め学校全体でその環境を創ることが最大の教育となることはいうまでもありません。

おわりに 文化のある学校

 私の進めてきた学校美術館は本当の意味での学校美術館ではありません。単純に全生徒の作品を展示する空間、生徒とさまざまな事を共に汗して創り上げる中で、学校や地域に愛着を持ち、それぞれが自分の持てる力を発揮し、自分の力で考え、創造することの素晴らしさを体験できるような教育環境にしていくことにあります。それは、美術等の教科教育のみに埋もれることなく、美術(芸術)教育の原理の実現に向かう事でもあります。私は「泳げない子どもが泳げるようになるまで一所懸命に練習をする。はじめは息継ぎがうまくいかず何回も鼻から水を飲み苦しい思いをする。また、自転車に乗れるようになるために何回も転び膝を擦りむく等の経験を重ねる。このように泳げるようになる前とその後、自転車に乗れるようになる前とその後の人間が変わっていく過程が人間にとって大事なこと」その過程を大切にした体験的な教育を自分の信条としてきました。しかし、その考えは今となっては狭いものと悟りました。
以前読んだ本の中でこんな文章があります。
『たとえて言えば、それは「浮き袋」のようなものだといえるだろうか。それがあれば、安心して水に身をゆだね、浮かぶことができる。泳ぐためには、その前に安心して浮かぶことができなければならない。そのためには、もがくことをやめ、力を抜いて身をゆだねることができなければならない。学校は泳ぐ事を教える前に、まず浮かぶ事を教えてやらなければならない。そのためには、学校は安心して身をゆだねることができる水になってほしい。水はあらゆる個性的な人間のかたちに自分を合わせ、その人間を浮かばせることができるのである。』
学校美術館づくりを通して、改めて教育は生徒に対しての文化活動であると実感します。本校の学校美術館はガウディのサグラダファミリアのように未だ建築途上にすぎないものです。生徒の学びを通して地域や社会に働きかける学校美術館の文化活動が少しずつ深まるにつれ学校は安定していく事実も知ることができました。人間をまるごと受け止めて、安心させてくれる居場所づくりの創造。こうした心地よい居場所を学校のあらゆるところに充満させることが私達の仕事かなとも思います。生徒の心やからだを癒す居場所づくりとして、生徒が等身大で存在を表現できる場づくりとして、私自身、その一端を担えるよう、学校美術館づくりを今後も進めていきます。

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百人一首大会(地域の方より十二単等をお借りして代表生徒が着衣。カルタ会のデモンストレーションを行い、百人一首大会を盛り上げてくれます。生徒の箏の生演奏等があるともっといいですね。)